君はいのち動的平衡館を見たか vol.5|地底の太陽
- shin-ichi_fukuoka
- 4月30日
- 読了時間: 4分

太陽の塔には、黄金の顔、苦悶する胴体中央の顔、黒く呪術的な背面の顔があり、それぞれが未来、現在、過去を表象するとされている。が、本来はもうひとつ顔があった。それが“地底の太陽”である。EXPO'70の中央、お祭り広場に大屋根を突き破る形で屹立するテーマ館、太陽の塔に入場すると、来場者はまず地階の広間に通される。薄暗い空間には、岡本太郎が当時の若手の文化人類学者たちに命じて、世界各国、各地から蒐集した仮面やお面、人物頭部の彫刻、彫像品が並べられた。それは太古からの人間の祈りや心の拠り所を示すものとされた。ちなみにこれらの貴重な文化財は、この万博公園の後に建設された国立民族学博物館(黒川紀章設計)の収蔵物となり、同館の基礎を築くものとなる。
おびただしい数の居並ぶ無言の人面の真ん中に、地底の太陽が置かれていた。それは太陽の塔の第4の顔と呼べるものだった。直径3メートルの円形の顔は、鈍い黄金色で、全体が包帯でぐるぐる巻きになったミイラ人間の顔のようであり、そこに2つのうつろな目が穿たれていた。これは太陽の塔の他の顔にも言えることだが、いずれの顔の目も、それは実は視覚をつかさどる眼球ではなく、ただの空洞、ヴォイドでしかない。それは仮面のスリットと同じだ。何も見ていないし、何の光も反射していない。何もない通路なのだ。そのような目に、岡本太郎は何を託していたのだろうか。
そして顔の左右には、太陽のフレアとも稲妻とも見えるような波形の帯が両側10メートル以上にわたって伸びていた。この波形の帯は、太陽の塔の胴体にも、あるいは、「明日の神話」にも見ることができる、太郎お得意のモチーフである。
来場者は、この不気味な地底の太陽、無数の仮面と出会ったあと、トンネルを抜けて、太陽の塔の内部、生命の樹の根の部分に達することができるように通路が作られていた。少年の私もここを確かに通ったはずだが、生命の樹の鮮明な記憶に比べ、地底の太陽の記憶はおぼろげでしかない。
EXPO'70閉幕後、この空間を含め、太陽の塔自体が閉鎖されてしまった。民俗学的な史料となる仮面は、国立民族学博物館に引き取られた。が、あろうことか、地底の太陽は行方不明になってしまったのである。
いくつかの証言が残されている。地底の太陽は、EXPO'70閉幕後、兵庫県に移管された。関係者は、何らかの催事に利用しようと考えていたのだろう。まだ太陽の塔自体が保存されるかどうかも分からなかった頃である。しかし取り立てて有効な利用の機会が得られないまま、地底の太陽は、神戸の王子動物園敷地内の、兵庫県が管轄していた資材倉庫にブルーシートで覆われてしまわれていたという。おそらく顔とフレアは吹田から神戸への輸送の時点で取り外されていただろう。このあと長らくそのまま放置されていたが、1984年になり資材倉庫が取り壊されることになった。その後地底の顔の消息はない。ことの経緯を知る関係者もほとんどいなくなった当時、地底の太陽はそのまま廃材として捨てられてしまったようなのだ。一説には、当時埋め立てが開始され、土砂や産業廃棄物を受け入れていた夢洲に投棄されたのではないかという。もしそれが本当ならこんな逆説もないだろう。
地底の太陽は、夢洲の地中深くに埋められ、その上に大阪・関西万博が、今まさに建設されつつある。岡本太郎の叫びが地下から聞こえてきそうだ。「これはなんだ」と。この呪詛を鎮魂しないことには、大阪・関西万博の成功はおぼつかない。
鎮魂といえば、もう一箇所、万博に関して、ぜひ行っておかねばならない場所があった。それは太陽の塔から少し離れた地点で、EXPO'70開催当時、菊竹清訓設計のエキスポタワーと呼ばれる近未来的な構造体があった敷地の足元にある。今ではエキスポタワーはすっかり撤去されてしまって、タワーの基礎の痕跡だけが残る、がらんとした空き地。その片隅に、目的のものはひっそりと建てられていた。普段はフェンスに囲まれて一般非公開の区域だが、このときは管理事務所にお願いして特別に入場を許可してもらった。EXPO'70の工事中に亡くなった人たちの慰霊碑である。黒い立方体の御影石に「招魂」の文字があり、表面に犠牲者の名前が刻まれている。その数17人。
こんなに多くの人が万博の建設中、いのちを落としているのだった。資料によれば、死因はさまざまで、高所足場からの転落事故、作業車両による交通事故、建材の落下に伴う事故など悲惨な事例ばかりである。年齢も20代、30代が多い。全国から集められた若手の労働者たちだった。「人類の進歩と調和」という光輝くスローガンのもとに、急ピッチで推進されたEXPO'70の影の部分だ。
私は花束を慰霊碑の前に置き、ひざまずいて祈りを捧げた。「いのち」をテーマとした2025年の大阪・関西万博で、いのちを削るような悲劇が繰り返されてはならない。立ち上がって振り返ると、ちょうど正面遠方に太陽の塔があり、まるでこの慰霊碑を見守っているかのようだった。
万博公園の森が夕暮れに沈もうとしていた。
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