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君はいのち動的平衡館を見たか vol.7|大阪・関西万博で伝えたかったこと





 私のやりたいこと、とはこんなことだった。生命の歴史、進化史は一般的には、弱肉強食・優勝劣敗・適者生存の原則によって進んできた、と考えられている。つまり進化は、競争と闘争の繰り返しの中にある、と。しかし、私はそうは思わない。生命とは本来的にもっと利他的で、共生的で、互恵的なものである。遺伝子はただただ自己複製することだけが唯一の目的であり、そのためになりふりかまわず利己的に邁進してきた、という利己的遺伝子論は、ひとつの作り話でしかない。生命は基本的に同じ起源を持ち、それが協力的に進んできた。つまり生命は利己的ではなく利他的なのである。この自然観の原点は、私が少年時代、昆虫オタクとして過ごした直感、センス・オブ・ワンダーの中にある。そして、この感性は多くの人に共感してもらうことのできる生命観だと思うのだ。これを大阪・関西万博で発信したいと思ったのだ。


 私は生物学者になるずっと前、自然が大好きな昆虫少年だった。アゲハチョウの卵を採集してきて、それが芋虫、蛹、蝶と、劇的な変化をする様子を記録するのが、毎年の夏休みの自由研究の課題となった。小学校の学年が進むにつれ、研究は少しずつレベルアップ、最初は単なる観察日記だったものが、写真を撮り、幼虫が食べた葉っぱの量を測定し、残酷ながら蛹を解剖して中身がどうなっているか調べた。幼虫の身体はドロドロに溶け、黒い液体が詰まっていた。ここから一体、どうしてあの華麗な蝶が生まれてくるのか。少年の素朴な疑問だった。が、現代の最先端科学も、蛹から蝶が形成される謎を完全には解明できていない。なぜこんなに劇的な変身が必要なのか、その理由も分からない。


 分かっていることはこうだ。植物が光合成で作り出した有機化合物が葉っぱに蓄積される。そのもともとは空気中の二酸化炭素である。アゲハチョウの幼虫は、ミカンや山椒など柑橘系の葉っぱを食べてまるまると太る。つまり二酸化炭素は植物に移り、ついで幼虫の細胞となる。それは蛹の中で一旦溶けて栄養液になる。蛹の中の幹細胞がその栄養を使って、羽や翅脈などを形成する。蛹から出て羽を伸ばして大空に飛翔する。パートナーを見つけて、ミカンの葉っぱに卵を産める幸運な個体がいる一方、カマキリや鳥の餌食になってしまう不運な個体もいる。でもこれを幸運、不運と思うのは人間の勝手な感傷であって、多くの生物は食う・食われるの関係の中で生を全うする。食う・食われるは、優劣ではなく、相互補完的な、利他的な関係性だ。カマキリや鳥もまた他の生物の餌食になるか、あるいは土に戻って微生物や植物の栄養となる。有機物は二酸化炭素となる。つまり生命とは粒子の流れに他ならない。私のパビリオンで、まず気づいてもらいたいこともここにある。人間の生命も、この相互補完的な環の中にある流れだという事実である。



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『君はいのち動的平衡館を見たか 利他の生命哲学』

著者:福岡伸一

A5判並製

価格:1,980円(税込)

刊行:朝日出版社





 
 

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