君はいのち動的平衡館を見たか vol.2|「いのち輝く未来社会のデザイン」が決まるまで
- shin-ichi_fukuoka

- 4月17日
- 読了時間: 6分
更新日:4月30日

2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」は、私たちがテーマ事業プロデューサーに選任されたときにはすでに決定されていた。決定の経緯についても、私はあとから把握することになった。それは次のようないきさつを経て進んだことだった。大阪・関西万博の誘致は、2013年、当時の大阪市長・橋下徹氏、大阪府知事・松井一郎氏、そして大阪府・市の特別顧問を務めていた堺屋太一氏の3人が、大阪・北浜の寿司店で交わした会話に始まったという。この年は、2020年の東京オリンピックの招致が決まった年だった。堺屋氏は2人にこう持ちかけた。
「大阪を成長させていくためには、世界的にインパクトのあるイベントが必要だ」(中略)
「橋下さん、松井さん、もう一回、万博やろうよ」
「東京が2度目のオリンピックなら、大阪は2度目の万博だ」という思いがあったのだと思う。堺屋さんといえば、1970年の大阪万博を大成功に導いた立役者である。ここから2度目の大阪万博開催を模索する動きが始まった。
(松井一郎『政治家の喧嘩力』PHP研究所)
これを機に、松井・橋下氏を中心とする大阪維新の会は、万博の誘致に邁進することになる。彼らが考えていた万博誘致の目的はただひとつ。地元・大阪の成長である。統合型リゾート(IR)施設の誘致と並んで、大阪を復興する切り札として、さらなるインバウンドを生み出す起爆剤として、万博の誘致が求められたのだ。
2014年8月に、橋下市長が万博の大阪招致に取り組む意向を表明、2015年4月には大阪府が、行政・財界・有識者で構成する「国際博覧会大阪誘致構想検討会」を設置し、開催の意義やテーマについて検討を開始した。そこで「超高齢社会の課題解決」がひとつのテーマ案として浮上してきた。大阪は多くの製薬企業・医療機器メーカーが拠点を置く創薬・医業の中心地であり、大阪大学や京都大学など生命科学の研究拠点も関西にあることが、松井氏の念頭にあったようだ。
2015年には「地球に食料を、生命にエネルギーを」をテーマとするミラノ万博が開催された。松井知事はミラノ万博を視察したあとパリに飛び、万博を統括する博覧会国際事務局(以下、BIE)のヴィセンテ・ゴンザレス・ロセルタレス事務局長と意見交換をした。松井氏は、招致の希望を伝え、「超高齢社会において、いかに豊かに生活ができるか」「心とからだの健康をどのように保つか」が大きなテーマになると考えていると語った。事務局長は、「『健康』は人類の未来にとって重要なテーマ。これまで『健康』をテーマにした国際博覧会はなく、日本はこういうテーマを打ち出せばよい」と、松井氏の提案を好意的に評価した。
好感触を得た松井氏は、この年の暮、安倍晋三総理(当時)と菅義偉官房長官(当時)に、橋下氏とともに会い、超高齢社会の課題解決をテーマとした万博を大阪へ誘致する計画への協力を依頼した。安倍総理は「それは挑戦しがいのある課題だよね」と言って、隣の菅官房長官に「菅ちゃん、ちょっとまとめてよ」と声をかけた。
この一言で大阪万博が動き出した。すぐに菅官房長官は経産省に大阪府に協力するよう指示してくださった。
(松井一郎『政治家の喧嘩力』PHP研究所)
つまりこれ以降、大阪万博誘致は国家プロジェクトとして推進されることになったのだ。これは政界から引退した橋下氏の慰労会を兼ねた忘年会の席でのことだった。先の寿司店での会話でもそうだが、この国の政ごとはすべてこのような密室の会話で決まっていくのだ。
その後、2017年11月の特別国会で、馬場伸幸衆議院議員(後の日本維新の会代表)が、大阪万博誘致に関する「総理の決意」を質した。これに対して安倍氏は「内閣を挙げて誘致に取り組むとともに、経済界や地元自治体からなる2025日本万国博覧会誘致委員会と一体的に連携し、オール・ジャパンの体制のもと、何としても誘致を成功させるという決意で、全力で取り組んでまいります(拍手)」と応じた。これまた大阪維新の会と安倍政権の蜜月を背景とした台本どおりの進行だった。
大阪府で検討されていた万博の基本構想素案では、松井知事の思いを受けて「人類の健康・長寿への挑戦」というテーマが出された。この時点ではまだ「いのち」というキーワードは現れておらず、あくまでも「健康」や「長寿」が標榜されていたのだ。これに対しては「年寄り臭い」「老人しか来ない」などの批判が出た。確かに、20世紀の少年に夢を与えたEXPO'70のテーマ「人類の進歩と調和」に比べると、子どもたちに健康とか長寿と言ってもあまり刺さるものはない。この構想素案は、大阪から経産省を中核とした「2025年国際博覧会検討会」に移され、再検討されていく。検討会には、ノーベル賞受賞者の山中伸弥京都大学教授やスポーツジャーナリストの増田明美氏らが参画した。経産省は、誘致合戦になった際、高齢化が進む西側の先進国だけでなく、発展途上国を含め、多くの国から支持を得るため、より普遍的なテーマを模索した。
その結果、検討会事務局は4つのテーマ案「いのちを支える社会の創造」「共に輝く生命、輝き続ける地球」「人類の進歩と幸福の再考」「未来社会をどう生きるか」を提示した。
2017年3月、この4つのテーマのワードをつなぎ合わせる形で「いのち輝く未来社会のデザイン」が提示され、了承された。検討会の議事録は残されておらず、最終的に、誰がどのようにまとめたのか、その過程をたどることはできない。松井氏も、自分が主張してきた「健康」の要素は含まれているとして、この経産省案に理解を示したという(共同通信 木村直登氏の47NEWS記事による)。
いかにも官僚がまとめ上げたような総花的なテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」。EXPO'70のテーマ「人類の進歩と調和」と比べても、いささかキレが悪く、どのような哲学が込められているのかすっと心に落ちてはこない。お題目を与えられた私たちテーマ事業プロデューサーもまた、このテーマを前に苦闘することになる。いのち輝くとはどういうことを指すのか。なぜいのちは輝くのか。
ただ、経緯はともかくとして、大阪・関西万博のキーワードが「いのち」になったこと自体は、とてもよかったと私は思う。いのちとは何か? これは人類の文化が始まって以来、問われ続けてきた。科学の問いでもあり、芸術の問いでもある。哲学の問いでもあり、文学の問いでもある。いのちの意味を今一度、洋の東西を問わず、捉えなおそうとする機運がこの万博を通して高まることは、EXPO'70が果たせなかった人類の“調和”に何が必要なのかを考えることになる。そして現代社会が抱える分断や非寛容の問題を解きほぐす鍵になる。いのちの意味を考えることは、生命の調和の基盤を考えることになるからだ。
私たち8人のテーマ事業プロデューサーは、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマを―たとえそれがお仕着せのものだったとはいえ―それぞれが持ち帰り、その意味と哲学を深化させる責務があるのだ。
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